Dog&Cat's Stories

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看取りの時へのプロローグ Complete ~それは最後の闘病でした ~

ピーチーの闘病記:肺がん編 (プロローグと前文)
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Review
カテゴリー:診察記
作者:高栖 匡躬 

愛犬ピーチーは何をやるのも一生懸命で、脇目も振らずに突進していきました。
御飯を食べるのも、ボールを追いかけるのもそう。
病気との闘いだってそうでした。
小さい病気、中ぐらいの病気はしょっちゅうで、命懸けの病気も2度ありましたが、その都度乗り越えてきました。

しかしながら、その一生懸命にも限界がありました。一番最後の病気は肺がんです。
「ちょっと息が粗いなあ」
気が付いてすぐに病院に行きましたが、その時には既に病気は進行していました。
ピーチーが旅立ったのは、それから2週間後です。

飼い主としても、全力で支えたつもりでした。
密度の濃い2週間。今考えても、3か月くらいに思える時間でした。

本作は、その肺がん闘病記のプロローグとなるもので、愛犬を見送るということはどういうことはを考えたエッセイです。
人は犬から、沢山のことを教えてもらいますね。

【目次】

 プロローグ

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別れの時へのプロローグ|その1

2年前の、愛犬ピーチーの看取りの記録を配信することにしました。
看取りの記録が、弔いの目的でなく、今生きている犬たちやその飼い主さんの役にたつと考えたからです。

――まずは内容――
2015年3月15日は、予兆を感じとった、始まりの日。
この日に遡って記していきます。
看取り全般についてのコラム話。
3月15日からが看取りの記録です。

別れの時へのプロローグ|その2

はじまりは、ほんの小さな予兆でした。
体の震え。ときどき息が粗い。食欲不振。
ピーチーは大病を大きくは2度経験してから、体調が悪いときがたまにありました。既往症もありました。
またかな? と思ったのが始まりでした。

 

はじめに

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別れの予感、別れの準備

2年前の日付を辿る企画ですが、
当時のブログが2日欠けているので、前文を挟みます。
看取は我が家なりの方法を探すのが大切――という内容です。
その時の準備と同時に、今を豊かにするために。
どうか考えながら、続きを読んで下さい。

別れの予感、別れの準備|追記

犬も猫も、最後は自分の死を通して、色々な事を教えてくれるような気がします。
別れが近いことは肌で感じ取れるものです。
だからこそ普通にって思いますね。日常の中に別れがあるのだと思うのです。

”その時”、愛犬と言葉は交わせないのに、心が通うのを実感しますね。
寂しい事だけれど、とても良い時間だったと思います。

こういう言い方が適切かどうか分からないのですが、看取りは自分にとっての財産です。いつまでも、心の中の宝物ですね。

うちの子が旅立つまでのこと|前文2

犬を看取る時、不思議な事が良く起きます。
別れの直前、急に元気を取り戻して家族を驚かせたり、
家族が休みの日を待つように旅だったり。
うちの子はオトボケですから、そんなことはないと思っていました。
ところが……
不思議ですね。

うちの子が旅立つまでのこと|前文2 - 追記

最後の時(終末期~臨終の時)って、寂しいけれども良い思い出です。
思い出す度に力をもらうし、今でもまだ心が通っているんだと思わせてくれます。
「今頃ピーチー、どうしているかなあ?」
そう思うたびに、「あっちで、楽しくやっているだろうなあ」と思って、笑顔になります。だから、別れは悪いものじゃないと思います。

看取りの記録を残す意義

本稿はピーチーの看取りの記録配信する前に、看取りの記録を残す意義について書いた文章です。記事配信の前日に公開した文章を再掲載します。

看取りの記録のこと|その1

明日からWithdogで、筆者の愛犬ピーチーの、最後の闘病と看取りの記録を配信します。
2年前に立派に闘って旅立ったピーチー。
今でも、誇りに思っています。
さて、なぜその看取りの記録を配信するかと言うと、理由があります。
それは闘病記の配信と似た理由です。

看取りの記録のこと|その2

ペットロスのかなりの割合は、闘病と看取りで、思い残すことがあった時に起こるように思います。
筆者も闘病と介護を経験したので、その気持ちは良く分かります。
しかし、闘病も看取りも、何度も経験するものではありません。
特に看取りは、犬の一生で一度だけです。

看取りの記録のこと|その3

犬の平均寿命が15年ほどと考えると、続けて犬を飼い続けても、看取るのは片手に余るほどですね。
だから、看取りの経験豊富な飼い主は、そもそもいないのです。
思い残すことがあって、当たり前だと思うのです。
しかし、より良い看取りというのは、あるように思います。

看取りの記録のこと|その4

より良い看取りには、愛犬が元気なうちから準備が必要だと思います。
自分らしく送るには?
愛犬らしい去り方は?
日頃から考えていないと、看取りは必ず予想外の結果になります。
当たり前ですね。予想していないのだから、予想外になるわけです。
ではどうする?

看取りの記録のこと|その5

看取りの記録も、闘病記と同じように他の飼いさんの体験を読んで、知識として持っておくことが大切だと思います。
闘病記ならまだしも、看取りの話は、看取る当事者になってから読むのはとてもつらい作業になるでしょう。
だからこそ――、看取りの話は愛犬が元気なうちに、読むべきだと思うのです。

看取りの記録のこと|その6

悲しみならば癒えます。しかし後悔は癒えることがありません。
だから将来訪れるその日、思い切り悲しんであげて、後悔を残さぬようするために、心の準備をしておくのが良いと思うのです。

それでは、すでにペットロスにある方はどうでしょうか?

誰かの看取りの記録を読めば、あなたの経験があなた一人の辛い思い出でないと知ることができるでしょう――
大勢の飼い主が、あなたの前に同じ道を歩いているのですから。

ペットロスにならないために。
また、ペットロスから立ち直っていくために。
看取りの記録は、残された飼い主のためにあると思うのです。

 

作:高栖匡躬
解説:高栖匡躬 

――ピーチーの闘病記:肺がん・看取り編に続きます――

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